八女 星野茶の由来

茶栽培の起源は、備中の国の栄西禅師が建久二年(一一九一年)宋の国から種子を持帰り、福岡と佐賀の県境にある背振山麓に播いたのにはじまるといわれています。この福岡茶の代表である八女茶は、筑後平野の南部を流れる矢部川に沿った風光明媚な八女郡一円にとれ高級玉露の産地として全国に知られていますが、その起源は、黒木町にある霊岩寺に瑞石和尚が応永年間に明の国から種子を持帰り、これを播きつけたことにはじまるとも伝えられています。しかし栄西と瑞石は年代の開きが大きく、しかも八女地方は背振の山麓続きで距離的にも近いので、栄西のすすめたものが漸次八女地方に広まったものとみるべきでしょう。この裏付けとして、八女茶のなかで最も良質玉露の生産地である星野村の大円寺という禅寺に、栄西が茶を播いた直後の建仁三年(一二〇三年)に茶の製造をはじめたことが寺の古書にしるされています。又同じ頃、星野十籠の刻銘で壷や茶器を焼く星野焼が創立されています。

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